Q2. この研究では,和歌データベース構築を目指しているの?


A2. 研究成果の集大成ではなく,研究素材としてのデータベース作成を目指しています.

古典和歌の世界にはまだまだわからないことがある

文学研究者の間では,「輪読会」が頻繁に行われます.ひとつの作品について,語釈や通釈を施し,さらに興味をもった点について発表し合いながら,「読み」を深めていくのです.一人で読むよりも,複数の人間が集まった方が,様々な読みの可能性を考え巡らすことができます.自明と思われていた事柄に,予期せぬ問題提起がなされ,みんなが考え込んでしまうことがあるかと思えば,一方では,語釈すら付けられなくて,お手上げの状態になることも,しばしばです.一般の方に,「古典和歌の研究は,歴史も長いので,もう掘り起こすことはないのではないか」と聞かれることがありますが,まったくそんなことはありません.ひとつの歌集を採り上げ,複数の研究者が知恵を絞って,ひととおり語釈と通釈とをつけるだけでも,たいへんな時間と労力がかかるのです.

ある歌集について,その一首一首に,語釈,通釈,詠歌状況,作者,作者の経歴などを列挙したテキストデータを作るのは,その歌集の注釈書をまとめるのと同じことです.ですから,『新編国歌大観』45万首を対象とした「注釈書」を作るなんて,気の遠くなるような話です.
 

研究の集大成は本でもCD-ROMでも同じ

それでも,研究の成果は,きちんとした「かたち」で,確実に蓄積されています.その「かたち」の典型は,やはり本でしょう.私たち研究者は,自分の研究を書物にまとめることを,ひとつの目標としています.最近では,その「かたち」がCD-ROMである場合も増えてきました.しかし,本でも,CD-ROMでも,要はコンテンツ.もちろん,CD-ROMの方が,キーワード検索の便がよく,また,関連記事がリンクされていることで,なんだか「オモチャ」感覚の楽しみがあります.けれども,研究書や注釈書が,内容そのままにCD-ROMになったとしても,研究者はそれほど喜ばないでしょう.

もっとも,『新編国歌大観』に収載されている歌集のすべてに注釈書ができ,そのエッセンスが,統一された枠組みに沿ってデータベース化されれば,こんなにすばらしいことはありません.しかしながら,いまは,一首一首,着実に注釈作業を行ない,それらを蓄積していくことを,まず心掛けるべきでしょう.

伝本に忠実なテキストデータ作成を

私たちの共同研究では,これまで述べてきたような,研究成果を盛り込んだデータ作成を目指しているのではありません.注釈などの研究の素材として扱える,なるべく「伝本」(現在まで伝来してきた本)に忠実な和歌データを増やしたいのです.

たとえば,私たちが図書館や書店でよく見かける『古今集』の注釈書は,活字に組まれています.では,『古今集』は,その成立時から「活字」だったのか,といえば,そんなはずはありません.今から約1100年前の平安時代に編纂された『古今集』は,当然,「写本」(筆に墨をつけて書いた本)であったはずです.もちろん,文字はいわゆる変体仮名(くずし字)で,現代人ならずとも,読み間違い,写し間違いを誘発しそうな感じだったことでしょう.

それから1000年以上もの間,写し写されしているうちに,『古今集』には,少しずつ語句が異なる「伝本」が,多数生まれました.私たちが活字本で出会うのは,その「伝本」の中でも,特に「定家本」と呼ばれる本が「底本」(注釈作業のもとにする本)になっていることが,圧倒的です.鎌倉時代初期に,歌壇の重鎮であった,御子左家の藤原定家が関わって書写されたといわれる本です.

では,その活字本を読めば,平安時代の,たとえば紫式部や清少納言の読んだ『古今集』を読んだことになるのでしょうか.答えは,そう単純にはいきそうにありません.定家本の表現に,定家が活躍していた「鎌倉時代の匂い」がすることは,既に指摘されています.つまり,定家本『古今集』は,鎌倉時代版『古今集』であって,平安時代にできた『古今集』とは,微妙に異なる表現があるということです.

『古今集』に限らず,古典作品には,様々な伝本があります.注釈作業を行なう場合,まずしなければならないのは,その伝本を,できる限り収集することです.その中から「底本」を定め,他本との「異同」(ことばの違い)をチェックします.必要と判断すれば,「底本」のことばを改めることもあります.これが「本文校訂」作業で,この作業によってできた本文を「校訂本文」といいます.

『新編国歌大観』所収の歌集は,すべて「校訂本文」です.各句索引を備えるために,歴史的仮名遣いに統一するなど,校訂の手が加えられています.これをひとつの研究の成果と見るならば,私たちが作りたいのは,現代の研究者の手が加わっていない段階,すなわち,校訂本文の前段階の,伝本に忠実な「生(なま)」のテキストデータです.ですから,たとえば,『古今集』の場合,前述の定家本のほか,平安時代書写と言われる「元永本」のテキストデータも別個に作成します.それらを比較することで,両者の異同を明確に把握でき,そこから新たな研究の視点が生まれるかもしれません.

このように,「伝本」に忠実な,研究素材としてのテキストデータは,ひとつの作品に対し,複数作成されることになります.これらのデータが充実すれば,注釈作業に利用できる他,同じ筆者の写本を集めるなど,それぞれの研究者独自の視点で括られたカテゴリー内での分析が可能になり,新たな研究の端緒が得られると考えられます.