12.恵慶の歌と『古今集』 ―平安中期一歌人の歌作り―

   福田智子,南里一郎
 『純真紀要』41号, pp. 130-140(右一〜十一), 平成12年12月

【要旨】
 平安時代中期の歌人,恵慶が,『古今集』の歌の表現を採り入れた歌作りをしている様子を,同時代歌人の歌を視野に入れて考察した.その結果,恵慶の『古今集』歌の踏まえ方に,いくつかのポイントがあることがわかった.

(1)「月よよし」「かすが野ののもり」「まさきづら」「さ月まつ花たちばな」といった,『古今集』の特徴的な歌語を借用しているという点.

これらの歌語の中には,恵慶と同時代に活躍している歌人も用いている表現があり,特に,曽祢好忠の定数歌に認められることには注目される.好忠は,恵慶が百首歌を介して交友していたことが知られる歌人であるから,恵慶と好忠との間に,直接的な影響関係が生じていたことは,じゅうぶん想定できる.ただ,そもそもこういった『古今集』歌は,「あさか山」「なにはづ」ほどではないにしても,歌の手本として,当時の歌人たちの脳裏に刻み込まれており,特に定数歌など,まとまった数の歌を作らなければならない場合には,そういった歌が念頭に浮かびやすかったという一面も,考慮する必要があるだろう.

(2)恵慶が『古今集』から学んだと思われる表現は,「…をりていへづとにせむ」「たが…かけし」「…がへする物にもが」「いざやどかりて…む」のような言い回しや,「桜花」「人の心」「飽く」,「かすが野」「のもり」「わかな」,「人もなし」「山ざと」「風」「ほかに」といった語句の組み合わせなど,多様である点.

だが,そのほとんどは,もとの『古今集』歌の季節や内容などを,そのまま踏襲する傾向にあり,表現のみに注目したことば遊び的性格をもつものは,わずかである.

(3)「…こそ…しけれ…なりぬと思へば」といった、歌の骨組みをも写し取っている点.

とりわけ,一首のかなめとなる腰句を,そのまま第三句に採り入れる例が,「おもへども」「…まぜて」「見るまでに」といった箇所に見られる点には,注目される.