研究の目的


(1)研究対象は「詞(ことば)」

(2)伝統的・保守的な「歌ことば」の世界

(3)景物の組み合わせに「美」の典型がある

(4)付属語のなす「言い回し」にも研究の鍵が……

(5)「言い回し」検索の困難さ

(6)助詞・助動詞研究の発端は中世歌学

(7)富士谷御杖『和歌いれひも』

(8)今後の表現研究は,「言い回し」を避けて通れない

(9)付属語重視の観点から類似歌発見を!


(1)研究対象は「詞(ことば)」

「和歌」を成り立たせる要素を,「心」と「詞(ことば)」とに分けるという考え方があります.たとえば,藤原定家『毎月抄』は,作歌の心得を,次のように言っています.
さて,「心をさきにせよ」と教ふれば,「詞を次にせよ」と申すに似たり.「詞をこそ詮とすべけれ」といはば,また「心はなくとも」といふにて侍り.所詮心と詞とを兼ねたらむをよき歌と申すべし.心・詞の二つは鳥の左右のつばさの如くなるべきにこそとぞ思う給へ侍りける.
ここでいう「心」とは,歌を作る主体(歌人)の感動や実感であり,また「詞」は,いわゆる表現です.歌人は,「心」をもとに「詞」を獲得することで,一首の歌を作るわけです.私たちの研究では,作歌の際に「鳥の左右のつばさの如く」重要であるといわれる「心」と「詞」のうち,「詞」をその対象とします. 目次に戻る

(2)伝統的・保守的な「歌ことば」の世界

古典和歌に用いられることばは,きわめて保守的です.歌ことばのそれぞれが,伝統的に与えられたイメージを持っていて,そこから逸脱した詠み方は,まず許されません.また,枕詞や掛詞などの定型化した修辞法も,踏襲しなければなりません.歌人たちは,こういった基礎知識を踏まえたうえで,作歌にのぞむのです.古典和歌の世界では,この基礎知識というルールの中で,いかに新たな歌を創造していくか,というゲームが繰り広げられているのです. 目次に戻る

(3)景物の組み合わせに「美」の典型がある

それでは,当時の歌人たちが作歌のために身に付けていた「基礎知識」を,現代人の私たちは,どの程度把握しているのでしょうか.たとえば,「梅に鶯」「紅葉に鹿」といった景物の組み合わせが決まっているということは,現代でも理解しやすいでしょう.たとえ梅の木にスズメがとまっている風景を実際に見たとしても,「梅にスズメ」では,格好がつきません.これは,言い換えれば,「梅に鶯」という組み合わせが,いわゆる「美」の典型として,日本人に広く認知されているということでしょう.こういった景物の組み合わせの規則を見出すことは,「歌語」の研究の第一歩です.近年相次いで上梓された,『歌ことば歌枕大辞典』(角川書店,1998年),『歌枕歌ことば辞典増訂版』(片桐洋一,笠間書院,1999年).にも,まとまった成果を見ることができます. 目次に戻る

(4)付属語のなす「言い回し」にも研究の鍵が……

このように,古典和歌の「類型」を分析するにあたって,まず着目されるのは,名詞をはじめとする自立語です.しかし,和歌は自立語のみで成り立っているわけではありません.自立語と自立語とをつなぎ,一首の和歌にまとめあげるという役割は,助詞・助動詞(付属語)が担っています.にも関わらず,これまでの和歌の表現の研究は,もっぱら歌に詠まれた景物(素材)を扱い,言い回しを採り上げたものは,必ずしも多くはありませんでした.先に挙げた『歌ことば歌枕大辞典』が,「ものにぞありける」といった句の言い回しを項目に立てたのは,とても画期的なことだったのです. 目次に戻る

(5)「言い回し」検索の困難さ

ところで,現在,私たちが類似歌(表現上の共通点をもつ歌)を収集しようとする時,まず使用するのは,『新編国歌大観』(角川書店,1983-1992年)です.この10巻20冊の本は,古典和歌を網羅的に収めた上に,一首の歌を,5-7-5-7-7の五句に分割して,それらを句頭から五十音順に並べ替えた各句索引を備えています.この索引は,類似する歌を,句ごとに検索するには便利ですが,句頭の文字から五十音順に配列されているため,句頭にくる自立語に,おのずと焦点が絞られることになります.従って,句頭にこない自立語の検索ができないばかりか,付属語に負うところの大きい言い回しにまで,なかなか目配りができません.そもそも,意味を担わない付属語は,一首の歌の特徴的な骨組みを形成していても,人の記憶には残りにくいものです.ですから,付属語を主とする言い回しについての研究の糸口は,経験や勘からは,なかなか得にくいように思われます. 目次に戻る

(6)助詞・助動詞研究の発端は中世歌学

しかし,だからといって,こういった「言い回し」を無視することはできません.なぜなら,助詞・助動詞研究それ自体が,中世歌学における「てにをは」研究を,その発端としているからです(顕昭『袖中抄』,順徳院『八雲御抄』,藤原定家『下官集』・『愚秘抄』,藤原基俊『悦目抄』,阿仏尼『夜の鶴』など.).それらの研究が,助詞・助動詞の他,動詞・形容詞の活用語尾やその他の語を含んだものであったにせよ,「てにをは」が,作歌の心得を説くために採り上げられたことには,注意を払うべきでしょう. 目次に戻る

(7)富士谷御杖『和歌いれひも』

そして,後世,助詞・助動詞の組織的研究を行った富士谷成章(1738-1779)の『脚結抄』(1778)も,和歌研究の延長線上にあるものでした.さらに,成章の子,御杖に至り,助詞・助動詞に注目した具体的な作歌の作法書が書かれることになります.その『和歌いれひも』(1794)の序には,次のような記述があります.
おほよそ歌よみはじむる人は,思ひせばく,心,一首をむすぶちからなければ,歌ごとにをれくだけ,くだくだしきやうにのみなりいづべし.我,この年ごろ,その故をば,かつ見,かつ思ひ集むるままに,一首の脚結うちあはで,ととのはざるによれりとは知りぬ.されば,古人おもひをふるまひ,詞をととのへ,姿をみがかれたる歌どもの,脚結をばかり用ゐて,さながらに名装挿頭,こころごころにその間々にくはへてよみならはせんとて,この書はつくれり.みづからいでぬちからをいれ,なき手をいだして,ゑせ歌をのみよみ苦しまむより,ひたすらこれをならはむは,一首十首にまさるべし.
「初心者は,「脚結」すなわち助詞・助動詞の使い方が整わないからよい歌がなかなか詠めないのだ」と,御杖は述べます.だから,優れた古歌から「脚結」だけを抜き出して用い,残りの部分を補うかたちで,作歌の稽古をせよというのです.それは,たとえば,次のような方法です.
はるのひの/ひかりにあたる/われなれど/かしらのゆきと/なるぞわびしき 『古今集』8番
○○○○の/○○○に○○る/○○なれど/○○○○○○と/○○ぞ○○○○
やまかはの/きしねにあまる/みづなれど/やよひをときと/おとぞかれゆく
『古今集』の歌から,歌の骨組みをなす助詞・助動詞,および用言の活用語尾などを抜き出し,その余白(○印の部分)に自立語を入れれば,おのずと整った歌が詠めるというわけです.

御杖の父,成章にも,『和歌梯』(1794)という作歌稽古の書があります.ですがそれは,「立春」「初春」「早春」というふうに題ごとにグループ分けした和歌を,句ごとに切ってばらばらにし,それらをつなぎ合わせて新たな歌を作る稽古をするという趣向でした.つまり,自立語を重視し,歌ことばの伝統の継承と修得とをねらったものでした.これに対し『和歌いれひも』は,父の示した稽古法を,付属語を中心とする言い回しから補おうとしたものと,位置づけることができるでしょう. 目次に戻る

(8)今後の表現研究は,言い回し」を避けて通れない

このように,助詞・助動詞の使い方は,歌作する上で,古来,避けて通れない問題でした.とするならば,そこに古典和歌の作歌のポイントが潜んでいると考えるのも,あながち的外れではないように思われます.そうすると,現代人が見過ごしがちな,当時の歌人たちの「基礎知識」を,この角度から見出すことができるかもしれません.つまり,和歌の表現上の類似性を指摘し,表現の影響関係―作歌の際,意識的に念頭に置かれた歌はもとより,無意識のうちに作歌の糧とされたと思われる歌をも,広く「影響関係」と見なしたいと思います―を明らかにするには,伝統的な歌ことばの組合せとともに,付属語が形成する言い回しの類似性をも視野に入れる必要があるのではないかと思うのです. 目次に戻る

(9)付属語重視の観点から類似歌発見を!

本研究では,以上述べてきた付属語重視の観点を踏まえ,これまで見過ごされてきた類似歌を発見する手法を確立することを,第1の目的とします.そして,実際にその手法を用いて,有意の用例を発見し,それらを解釈(意味付け)していくことが,第2の目的です.前者については竹田(情報科学)が,また,後者については福田(国文学)南里(国語学)が中心になりますが,各の専門の立場から常に意見を交換しながら,研究を進めています. 目次に戻る

Last update: May 27, 2002